演出家

蜷川幸雄 Yukio Ninagawa

 私は井上ひさしさんとは最も遠いところにいる演出家と思われているかもしれません。
 しかし、ほぼ同じ時代を生きたものが全力で、この腐敗した世界を疾走しようとする時、走る者の吐く息と吸う息は、離れた場所にいても共有しているのです。
 このフェスティバルでは、私は孤独な参加者でありますが、誠実な参加者でありたいと、思っています。

蜷川幸雄

1935年、埼玉県生まれ。69年『真情あふるる軽薄さ』で演出家デビュー。74年『ロミオとジュリエット』で大劇場演出を手がける。83年『王女メディア』のヨーロッパ公演を皮切りに海外公演を開始。昨年は井上ひさし作『ムサシ』のロンドン・NY公演も高い評価を得た。99年、Bunkamura シアターコクーン、2006年、彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督に就任。近年の演出作品に、『血は立ったまま眠っている』『ヘンリー六世』『ファウストの悲劇』『聖地』『じゃじゃ馬馴らし』『美しきものの伝説』、ミシマダブル『サド侯爵夫人』『わが友ヒットラー』『たいこどんどん』『血の婚礼』などがある。2010年、文化勲章受賞。

栗山民也 Tamiya Kuriyama

 井上さんの書いたいくつもの台詞は、そのまま、井上さんの声となって聴こえてきます。台本を開いて、一つひとつの言葉をそこから聴くのです。声は音ですから、頁をめくるたびに登場人物たちの声となって重なり合い、いろんな和音で聴こえてきます。
 台本には、同じ大きさの活字が並んでいますが、それがどんな状況のもとで発語されるかによって、意味は違います。俳優たちは、その活字を人間の声に必死で立ち上げます。私たちは稽古場で台本に刷られた一つひとつの言葉に、どんな人間の気持ちが隠されているかを見つけ出すことから出発し、その台詞に一番適った音を発するために、稽古を続けるのです。そのうち、井上さんの台本の中のすべての言葉が、人間のあらゆる感情を表す声のために書かれた、音楽のように聴こえてきます。
 その井上さんの77のお祝いのために、8本の作品が揃いました。どこまでも水のように静かに、ある時は激しく動き続ける台詞の流れに、耳をすましてみましょう。きっと、その物語の森の中で、必死に生きようとしている多くの人たちと出会うでしょう。

栗山民也

1953年、東京都生まれ。新国立劇場演劇研修所所長。主な舞台に、『GHETTO/ゲットー』『エヴァ、帰りのない旅』『マリー・アントワネット』『夜への長い旅路』『炎の人』『ロックンロール』『太陽に灼かれて』など。井上作品では『國語元年』『太鼓たたいて笛ふいて』『きらめく星座』『闇に咲く花』『ロマンス』「東京裁判三部作」『箱根強羅ホテル』『組曲虐殺』『黙阿彌オペラ』『水の手紙/少年口伝隊一九四五』『日本人のへそ』『雨』などを手がけている。芸術選奨文部大臣新人賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞、紀伊國屋演劇賞、朝日舞台芸術賞など受賞。井上ひさしがもっとも信頼した演出家のひとり。著書に『演出家の仕事』。

鵜山仁 Hitoshi Uyama

 井上ひさしという劇作家と、同時代を生きることができたこと。その新作を演出する機会に恵まれ、稽古場を、また劇場での時間を共に享受することができたこと。これは僕の演劇人生にとって決定的な出来事でした。何より有り難かったのは、僕自身、時には疑ってしまう「芝居の力」、「劇場の力」に対する信頼を、心の底で支えてもらえたことです。今後は、芝居にたずさわる危険と悩み、誇りと楽しみを、いくらかでも若い世代の人達に伝えていきたいと願っています。
 生誕77年フェスティバルが777年フェスティバルにつながる期待を込めて、この企画を喜びたいと思います。

鵜山仁

1953年、奈良県生まれ。文学座演出部所属。主な演出作品に、『グリークス』『女たちの十二夜』『リア王』『ロンサム・ウェスト』『ゆれる車の音』『舞台は夢』『くにこ』など。こまつ座では『雪やこんこん』『人間合格』『マンザナ、わが町』『連鎖街のひとびと』『紙屋町さくらホテル』『円生と志ん生』『化粧』他。『父と暮せば』などで読売演劇大賞優秀演出家賞、『おばかさんの夕食会』などで毎日芸術賞千田是也賞、『コペンハーゲン』などで紀伊國屋演劇賞、『兄おとうと』などで読売演劇大賞グランプリと最優秀演出家賞、『ヘンリー六世』で読売演劇大賞最優秀演出家賞を受賞している。

長塚圭史 Keishi Nagatsuka

 『父と暮せば』の英訳版と出会ったのは留学中でした。オリジナルの日本語版も載っていましたので、これはもうすぐにと下調べを始め、ナショナルシアターのスタジオで英国人俳優たちとワークショップをやりました。その時、改めて井上ひさしさんのメッセージの根幹は国境を越えるものであるという強い実感を得ました。そして私にとっては、この作品を通して異国の演劇人たちと議論を繰り返しながら試行錯誤したこのワークショップで、演劇の持つ可能性と豊かさを得る事が出来たのです。
 2011年夏、とうとう『父と暮せば』を生で観ることが出来ました。どうにも涙が止まりませんでした。『父と暮せば』も泣いていましたから。「しっかりなさい」と舞台上から井上さんが日本人全員に仰っているよう感じました。
 このフェスティバルを通して井上さんの人間を鋭く見つめる眼差しを、しっかりと皆様にお届けしたいと思います。

長塚圭史

1975年、東京都生まれ。1996年よりプロデュースユニット“阿佐ヶ谷スパイダース”を旗揚げ、作・演出・出演の三役をこなす。2004年の『はたらくおとこ』作・演出、『ピローマン』演出で第4回朝日舞台芸術賞を受賞。第55回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2005年、作・演出した『ラストショウ』にて読売演劇大賞優秀作品賞を、2006年『ウィー・トーマス』の再演で読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。平成21年度文化庁新進芸術家海外留学制度にてロンドンに1年留学。2010年新プロジェクト「葛河思潮社」を立ち上げ、第一弾は今年1月に上演した三好十郎『浮標』。5月に公開された映画『マイ・バック・ページ』に出演。7月には阿佐ヶ谷スパイダース『荒野に立つ』(作・演出・出演)を上演。

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